2009年7月 4日 (土)

病と医師のはざまで~「百万回の永訣」

この分厚い記録を書いた柳原和子氏はすでにいない。

これは、医療被害補償で闘ってきた著者自身が、

がんを再発し、今度は関わりのあった医師たちと闘い、

最善の治療法を求めて全国をドクターショッピングする

2年間の日記です。

これほどの苦悩と経済的負担と周囲の力でもってしても、

彼女は信頼できる医師に巡り会えない。

数十人の権威ある医師に「ほかならぬ柳原さんだから」と

誠心誠意の診察を受けても納得しない。

それは医療不信が彼女の根底にあるからか、

ノンフィクションライターの性なのか、哀しくなるほどの不信感だ。

主治医に「あなたの生をサポートする」といってほしいと

いう言葉には頷けます。「闘病の伴走者」という言葉にも。

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2009年6月 7日 (日)

よく生きた人のよき死~鶴見和子

社会学者で歌人の鶴見和子さんをアーカイブス番組で

懐かしく観ました。

95年に脳出血、半身不随になり、弟、俊輔氏のいる京都に移住、

宇治の施設で88歳まで、その類まれなる才気を発揮された。

妹による「看病日記」によると、和子女史は

「死ぬって面白い体験よねぇ、こんなの初めてだわ、人生って

面白いことが一杯なのね」

「そう、人生とは驚くべきものだ」

と俊輔氏が言い、2人で大笑いしたそうです。

必ず人は死ぬ、逃げることはできない、ならば受け止めよう。

というのが彼女の思想でした。

自分で点滴を抜いた、その1週間後の死。

なまじなお医者では彼女の主治医は務まらなかっただろう。

その日のために空色の着物を用意した人。

じたばたしない、堂々たる生と死を学びました。

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2009年3月23日 (月)

うれしいブログ

遠縁の若いママが「がぶしゃら家族」を

彼女のブログで紹介してくれました。

子どもたちを公園で遊ばせながらベンチで読んで、

「思わず吹き出してしまって周囲を見回したり、

本を見つめ唖然とすることもしばしば。

読み終わった後、なぜか深く感動して思わず

涙ぐんでしまいました」というありがたいコメントが、

「いつか私も老いた時、こんな本が書けるような、

面白い人生を歩めたらいいなぁ」という言葉に繋がっています。

ホンマ私たち兄妹は、あの時代とあの親のおかげで

面白い子ども時代を共有できました。

どんな境遇に陥っても、自分なりに受け入れて、

できる範ちゅうで精一杯に愉しむこと、

それが今の私の生き方になっています。

ところで私はこの若いママの幼児時代を知っているのだ。

公園ではしゃいでてドングリみたいにお池にはまった。

きっと面白い人生歩んできてると思うよ。

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2009年2月19日 (木)

暖かな反響

がぶしゃら3兄妹で集まって、出版本について総括しました。

この種の出版物の中では上位の売れ行きで、

思い切って書いてよかったよかったと、みなにこにこ顔です。

売れ具合よりうれしいのは、みなさんの「声」です。

特に同世代の方々には共感を呼び「なつかしく、

幸せな気分になりました」「苦しいこと辛いことを笑いで

包み込んであり面白く読みました」「内容のすごい事、

仲良しで皆賢い3人のご兄妹」〜うーむ、ここは悲しいかな

違っている。優秀な兄たちといつも比べられ、

成績も性格も落下するばかりの妹でした。

宇治の新聞も大きく取り上げてくれました。

肝心の両親がもはや読解力をなくしているのが残念ですが、

ホッとしてもいます。きっと父はケシカラン!名誉棄損だと

騒ぎ立てるだろう。母は元気で今日97歳に突入しました。

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2009年2月 1日 (日)

ほんの真相

「私、分かるぅ?」という電話。

分かりますとも、Mばあさま、いやM子さんです。

彼女が自費出版した出版社は、月産120冊だそうで、

「売れた?」と聞くと「千冊全部売れたよ」という。

よく聞けば、一つの書店に集めて(売れ残り)セールをやるそうな。

今度テレビに出るから観てね。

え、ドラマになるの?

いえいえ、年間通して一本だけドラマ化される作品、

そのCMの数秒間、ほかの作者と共に映るんだという。

ドレスきておしゃれしたおばあさまがいっぱいだろう。

こうして年金ライターは吸い取られていきます。

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2009年1月30日 (金)

「がぶしゃら」にびっくり

http://www.gentosha-r.com/products/9784779003868/

端正な毛筆でしたためられたお手紙をいただきました。

「がぶしゃら家族」にとにかくビックリ!~されたようです。

鶏のバタリーを作ったり、ニューカッスル病の予防接種をしたり。

父は労農党でよく警察につけられたし、

ヤロビ農法のビラ張りさせられたことも。

「民族独立行動隊」は父が教えてくれて初めて覚えた労働歌です。

などなど似ているところが多く、ひとり父を偲んでいます、とある。

手紙の主は次女のお姑様です。

ほんとにふしぎなご縁。

と思ってたら古い歌集が出てきた。

民族の自由を守れ♪ではじまる歌詞は、

前へ前へ進め♪で終わる。

次兄がよくメ-ルで送ってくるエールだ。

人はこども時代を忘れない。ひよこの温もりも掌に残っています。

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2008年12月22日 (月)

「がぶしゃら」の影響

「がぶしゃら」の影響

若い読者から感想が寄せられた。

それぞれのキャラクターが鮮明に頭の中で映像化されて

面白かった、という後に、人生ハプニングが楽しい。

もっとむちゃくちゃな冒険がしたくなった、

とあります。おいおい、大丈夫かいな。

彼女は辛い恋に傷ついて、ひと月我が家で心を癒した。

その後は平穏な家庭を築いてるのに「がぶしゃら」に

悪影響受けたらあかん。

ぬるま湯のような幸せ、それがどんなに心地いいか、

熱湯浴びたときに気が付くんやよ。

(もし冒険したらこっそり聞かせてね)

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2008年12月10日 (水)

がぶしゃらは世代を超えた

がぶしゃらは世代を超えた

若い読者からうれしい感想が届きました。

「戦後の混乱の時代は映画や本でしか知ることが出来ないが、

森家はとても幸せな7年間だったのでは」。

確かに。苦労しても両親がいて兄妹がいる、ということで

「火垂るの墓」に比べれば私たち兄妹は格段に

恵まれていました。

私の父のように心の向くままに生きると長生きするんだ〜

とも記されている。ごもっとも。

本人は90越えても未だ人間ができていない。

「非戦の生き方に深い共感を覚えました」という

同世代からの声もいただきました。

「がぶしゃら」を書いてよかったなぁとつくづく思います。

この達成感、充足感。そして兄たちがいてくれることの

じわじわとした幸せ感。

続編?そりゃ書きたいけど肝心のものが足りない。

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2008年12月 8日 (月)

がぶしゃらに読んでいただいて

がぶしゃらに読んでいただいて

夫の知人女性から

「取り寄せて一気に読んでしまいました」というお便り。

戦後の生活が生き生きと書かれていて懐かしかったです。

バラエティに富んだ生活でご兄弟は今にして思えば

楽しかったのでは。と記されています。そうなんです。

半世紀越せば全て笑って話せることばかり。

「ご両親が今もマイペースで生活されているのは

何か温かくて笑ってしまいそうですね」。

そうなんですよぉ。ますます体も口も達者な両親は、

きょうも憎たれ口を叩き合ってるでしょう。

こどもたちはビョーキ3兄妹です。

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2008年12月 5日 (金)

がぶしゃらに恥じ入る

がぶしゃらに恥じ入る

がぶしゃらを買って下さった方が丁重な感想を

寄せてくれはりました。「親子の愛情と、兄弟妹の愛情が

文章の端々に感じられて、心にジーンときました」

という書き出しで、高尚な文面が綴られてあり、

こういうのを汗顔の至りというのでしょうか。

ただありのままをぶっちゃけてしまった恥ずかしさ。

あの時は後がないと思えばこそ書けたんだ。

見栄やカッコつければもうちょっとましなこと書けたのかな。

いやいや私はそういう性分ではない。これでいいのだ、

というよりこういうのしか書けないのだ。

だからよちよち俳句もいつのまにか川柳に傾斜しています。

旨いてか?ゆうべと同じおかずやで〜

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